2019年公開のタイ映画「デュー あの時の君とボク」は、イ・ビョンホンが主演の韓国映画「バンジージャンプする」のリメイク作品。男子高校生の過去と現在を描くラブストーリーです。
メインキャストは、タイBLドラマ「He’s Coming To Me〜清明節、彼は僕のお墓の隣にやってきた(とな墓)」に出演するOhm Pawatやタイで国民的人気の俳優weir。「ミウの歌 〜Love of Siam〜」の監督の作品ということもあり、タイ国内でも話題になりました。
本記事では、映画で描かれた場所や時代について検証します。ネタバレになるので、映画を鑑賞後にお読みください。
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映画「デュー」の概要
日本語タイトル:「デュー あの時の君とボク」
タイ語原題:ดิว ไปด้วยกันนะ
英題:Dew
タイ公開年:2019年
監督はタイのLGBTQ映画のパイオニア的作品「ミューの歌」の監督・脚本を手がけたマディアオ。監督の詳細や出演陣の詳細については、前の記事をご覧ください。
マディアオ監督とオーム
映画のストーリーのおさらい
ざっくりと映画の内容をおさらいします。
1996年、公務員の母親の転勤でタイ北部にある「パンノイ村」に引っ越してきた少年デュー(Ohm)。地元の少年ポップ(Nont)と出会い惹かれ合うも、翌97年に離れ離れに。そして2018年。大人になったポップ(Weir)がバンコクで事業に失敗し、妻を連れて地元パンノイ村に帰り、母校で教師に。そこで少女リュー(Pahn)と出会う。
という2部構成。中盤からは、過去と現在が交互に映し出されます。
映画のロケ地:「パンノイ村」の場所
「パンノイ村」は山々に囲まれつつも、国鉄の駅があり、毎日通える距離ではないもののバイクでチェンマイに行くこともできる場所に位置する、架空の町。
パンノイ村とその近郊のシーンは、チェンライ県やチェンマイ県の複数の場所で撮影されました。
学校や町並みのシーンの多くが撮影されたのはチェンマイ県の最北端メーアーイ。ミャンマーとの国境まであと数キロの距離にある山奥の小さな集落で、チェンマイまで車で3時間、チェンライまで2時間はかかる場所に位置します。ミャンマーとの国境を警備する軍の車が往来したり、検問も多く、独特の緊張感と静けさがあるエリアです。
国鉄の駅は、チェンマイの南20kmにあるラムプーン駅(Lamphun)だと言われています。
架空の「パンノイ村」にはチェンマイに通じる国道はあるものの、旅行者も訪れたりしないような平凡な村。少しでも変わった出来事が起こると、瞬く間に村中の人が知るニュースとなります。チェンマイ市内のように、ショッピングセンターや娯楽施設はありません。インターネットがなかった1996〜1997年の頃は、当時のバンコクやチェンマイと比べ、かなり閉鎖的で保守的な場所だったと推測できます。
90年代タイ、LGBTQの社会的立ち位置
タイは「LGBTQに寛容な国」と言われることが多い国なので、映画を観て、デューとポップへの風当たりの強さに驚いたり、どこまで本当なのか?と疑問に思われた方も多いはず。
矯正プログラムは、実際に起こった話?
90年代のシーンは、マディアオ監督が育ったチェンマイ県の郊外での学生時代の体験を基にして作られました。
彼が通っていた男子校では、一部の「性的に逸脱した」生徒が集められて矯正プログラムに参加させられたり、高校なら軍事訓練(ロードー)の最中に特別訓練が行われており、更生しなかった場合は退学に。周りにいた普通の良い子だった男の子たちが社会のレールから外されていった様子について、監督はインタビューで語っています。
参考:The Standard インタビュー(タイ語)
現在は教育機関での矯正プログラムは行われていないはずですが、残念ながら近年でもLGBTQの子どもを矯正させる仏教寺院などの施設が存在するようです。
90年代タイ北部、人々のLGBTQの寛容度は?
LGBTQに関する調査資料によると、タイでは近代化の過程で政治主導により、LGBTQは不道徳、精神障害といった社会認識が形成されました。
その後、80-90年代になると、都市部ではメディアなどの影響で性の多様化が始まりましたが、地方や家庭のスタイルによってはまだ保守的。同性愛者は教師になれないなど、職業の制限もありました。同性愛は「精神障害とみなさない」と保健省が決定したのは2002年のこと。
また、時代だけでなく、土地ならではの要因もあります。
映画の舞台タイ最北部では、80年代末から90年代末までHIV罹患率が爆発的に増加。(*当時は不治の病)なかでも同性愛者、薬物乱用者、売春婦は「高リスク」グループに分けられ、HIV/AIDS と密接に結び付けられました。そのような時代や地域性から、同性愛者に対する差別や偏見は相当なものだったと思われます。
タイの映画・エンターテイメント業界は?
LGBTQに寛容とされるエンターテイメント業界ですが、近年までこのような状況でした。
・90年代〜2000年代初頭は、コメディーやお化け映画にLGBTQの役は登場するものの、「おかま(ガトーイ)」やトムボーイとして描かれるのが定番でした。実在のLGBTのバレーボールチームの活躍を描いたコメディー映画「アタック・ナンバーハーフ」(2000年)は日本でも公開されました。
・2007年、マディアオ監督のデビュー作であり、タイのLGBTQ映画のパイオニア的作品と言われる「ミウの歌〜Love of Siam〜」が大ヒット。ただし、公開前のプロモーションではLGBTQに関する映画だとは伝えず、公開後に物議を醸しました。
・2010年、トランスジェンダーを扱った「Insects in the Backyard」は、上映禁止処分に。
ここ数年BLドラマの制作本数が増えていますが、以前から異性愛以外を普通の恋愛として描く作品に対してオープンな環境だった訳ではなく、徐々に変わってきたようです。
敢えて今、昔の時代を描いた本作。わずかではありますが、現地では「なぜLGBTQに対するネガティブな印象を、わざわざ蒸し返す必要があるんだ」という当事者からの批判の声も見かけました。
保守的な中華系一家
ポップの家族が中華系ということも、障害のひとつ。タイの中華系と言っても、バンコクの中華系、I Told Sunset About Youのようなプーケットの中華系、タイ北部に住む中華系はそれぞれ別の時代に別の地域からやってきたグループ。本作の舞台であるタイ北部の山岳地域には、中国の国共内戦(1949年)で敗れ逃れてきた国民党軍系の雲南人が多く住んでいます。
ポップの家族の出身地の確証はないものの、家族間では一部中国語で会話していることから、おそらく祖父母がタイ移民1代目。「後継を作り、家を残し、男らしく生きる」という古い中華的価値観を持つ家族に受け入れてもらうことは、タイ人家庭以上に難しい事だったはず。
「デュー」に登場する、90年代のポップカルチャー
重たい話が続くなか、映画のポップな要素としてふんだんに使われていたのが90年代のポップカルチャー。個人的に、この映画を気に入った理由のひとつでもあります。
パンノイ村に引っ越してきて半年経ってからも村に馴染むことのできなかったデューですが、大好きなものに囲まれている時は、生き生きしているように見えました。
90sカルチャーが凝縮されていたのが、チェンマイのシーン。バイクで鉄橋を渡ったとこから始まり、ショッピングセンターのポケベルや、プリクラ。テレビで流れる海外のバンジージャンプ の映像…と続きます。
ファッションはソニック・ザ・ヘッジホッグ(ゲーム)、ビーバス・アンド・バットヘッド(MTVで放送されたアニメ)のキャラクターや90年代のバンドNirvanaやPrimal ScreamのアートワークがプリントされたTシャツに、チェックのネルシャツ。チェンマイでも、グランジ〜ブリットポップが流行っていたのでしょうか。
90年代、このようなファッションを買うことができる場所は、バンコクでもサイアムスクエアの限られたお店だけだったそう。
国内のメインストリームだけでなく、国内外のオルタナティブなものも好んでいたデュー。私は当時のチェンマイを直接は知りませんが、少なくともパンノイ村の同級生の中ではかなり尖った、お洒落で新しいもの好きな高校生だったように思えます。
作品に登場する90sタイポップス
90年代をタイポップスがたくさん使われていました。特に印象的だった3曲を紹介します。
Smile Buffalo
アーティスト:Smile Buffalo(スマイル・バッファロー)
曲名:ดีเกินไป(ディーキェンパイ)
リリース:1995年
レーベル:EMI
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映画の冒頭、チェンマイから転校してきたデューが初登校の日にウォークマンで聴いている曲。イントロの軽快なギターのメロディーが印象的。
タイの90年代を代表するオルタナティブ・ロックバンドの最初のヒット曲で、密かに好きだった友達に「あなたは私には良すぎる(Too Good)」と断られた男性の思いが歌われています。
Tata Young
アーティスト:Tata Young(タタ・ヤン)
曲名:รบกวนมารักกัน(ロブクーワンマラカン)
リリース:1995年
レーベル:GMM
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バイクで鉄橋を渡ったところからショッピングセンターでポケベルを買ったり、チェンマイの街で遊んでいるシーンで使われていました。
Tata Youngは、90年代のタイを象徴するポップアイコン。大ヒットしたデビューアルバム「Amita Tata Young」に収録される、彼女の代表曲。
タイドラマファンの方は、「Theory Of Love」のEp2で、サード(Gun Atthaphan)が競技場の客席で熱唱し、ブラスバンドの演奏が始まった…という妄想シーンの曲として耳にしたことがあるかも。
Behind The Sceneの動画の中でも、デューの出演者も歌っています。
また、「He’s Coming To Me〜清明節、彼は僕のお墓の隣にやってきた(とな墓)」の台北ファンミーティングではSingto、Gunsmile、Ohmがこの曲を歌っています。
Moderndog
アーティスト:Moderndog (モダンドッグ)
曲名:ก่อน (コーン)
リリース:1994年
レーベル:bakery
Spotify
デューがコンクールの為に歌詞を英訳した曲であり、大人になったポップが宿題を提出しなかったリューに代わり、こっそり提出した曲。映画では、アコースティックバージョンが使われていました。
歌詞(タイ語と英訳)はこちらのサイト(非公式)で読むことができます。
Modern Dogはタイのオルタナティブロックのパイオニア的存在の3ピースバンド。この曲は、伝説的なデビューアルバム「เสริมสุขภาพ (Moderndog)」に収録。
ちなみに、リウ部屋の壁にはTata Young、Monderndogのポスターも貼られていました。他には、Moss、Bird Thongchaiといった90年代の人気歌手や、ブリットポップバンドBlurなども見かけました。
「とな墓」と同時代
「デュー」の前半部分が、1996〜1997年の話。「He’s Coming To Me〜清明節、彼は僕のお墓の隣にやってきた(とな墓)」で22歳のMes(Singto)が亡くなったのも1997年。街は違いますが、同時代を描いています。
両作品では、主人公がウォークマンにカセットテープを入れて音楽を聴いていたのが印象的でした。
当時の日本ではCDが売れていた時代ですが、タイではCDより安価なカセットテープの方が主流。タイ国内のアーティストの新作は、カセットテープで買うのが普通だったそうです。(海外の輸入CDは、カセットテープの数倍の価格)
ちなみに、タイで1997年といえば「トムヤムクン危機」こと、タイ発のアジア通貨危機が起こった年。90年代のタイを語る上で外せない、重大な出来事です。
最後に
長くなったので、映画の内容に対する疑問やラストシーンの考察については、次回の記事で書きます。
SNSでのネタバレは避けるために、コメント欄を開放しました。
本記事は、あくまで私が個人で調べたり、聞いたことを基に書いています。Netflix (Thai)の英語字幕で観たので、解釈の違いはあると思います。また、映画のパンフレットは読んでいません。間違いなどありましたら、こちらのコメント欄かTwitterのDMでご指摘いただけると嬉しいです。
3 Comments
ココア
2021年7月21日 at 10:03 PMわぁぁ!沢山の情報記事ありがとうございます
デュー観てから、気になっていた事が沢山知れました!
ビックリしたのは、あそこは現実にはない架空の地域だったんですね!!
チェンマイなら、ロケ地巡りも少し出来るのかなぁ
May
2021年7月21日 at 10:40 PMココアさん!読んでいただき、ありがとうございます。雰囲気的にはチェンマイ(中心地)より北の村に感じたのですが、国鉄の最北端がチェンマイ駅なので、整合性が取れておらず。そこは敢えてフィクションにしたのかな?と思いました。
チェンマイは、とりあえず夜のお堀の周りに行きたくなりますよね!また何か分かればシェアしますね。
メイ
eriko
2022年12月11日 at 10:10 AMメイさんはじめまして。1年前くらいからタイドラマを見始めた初心者です。
今さらですがDEWを見ました。知りたかったことをいろいろ教えていただきありがとうございました。日本ではまだまだタイの情報は少なく、Instagramや twitterでもまた聞きの情報が錯綜しています。何が本当なのかギモンを感じているところにメイさんと出会えました。ラッキーです。今年はとりあえずGMM fan festival2022とMEWのfan meeting in Japanに行ってきました。日本との違いにちょっとビックリです。これからもよろしくお願いします。楽しみにしています。